セント・バレンタイン Day after1




「ただいまー」
「ただいま帰りました―」
空の色が夕焼けよりも暗くなる頃。はやてとその付き添いとして管理局に同行していたシャマルは、自分たちの憩いの家に帰ってきた。
「お帰りなさいませ、わが主」
 それを出迎えてくれたのはリインフォースだった。エプロン姿なところを見ると、どうやら夕食の支度をしてくれていたらしい。
「ごめんなー、思ったより時間がかかってしもうて…。ちゃんと連絡しとけばよかったなー」
「お気になさらず。簡単にですが、大方私達が用意させていただきましたから。シャマルも、ご苦労だったな」
「ううん、私はただの付き添いだったから…あら、そういえば皆は?」
「ああ、ザフィーラとヴィータは散歩に行っている。もうそろそろ帰って来ると思うが…。将は奥で、ちょっとな」
 そう言うと、リインフォースは少し苦笑いながら、ダイニングルームの扉の前まで二人を手招いた。
はやてとシャマルは頭の上に『?』マークを出しながらも、誘われるままに中を覗いてみると…。

・・・むう、乱切りは得意なのだが、この微塵切りはどうも・・・

キッチンの方から、なにか独り言が聞こえてくる。声の主は烈火の将なのだが、その声のトーンにはいつもの力強さがあまり感じられない。

・・・やはり、このお花型の人参はまだ無理か…?・・・

「なあ、あれってもしかして…」
「はい、先日シャマルに『家事が出来ない』、と言われたのが不服だった様で…。それで、今日は私と将の二人で夕食の準備をしていたのです」
「あらら、そんなに気にしてたなんて…」
 扉の前で、声を潜めて話す三人。いつものシグナムなら扉の後ろの三人にすぐ気付きそうなものだが、どうやら相当集中しているらしい。
「でも、なんで包丁じゃなくてレヴァンティンを使ってるの…?」
「ああ、流石に私もあれは新手の冗談かと思ったんだが…あんなに真剣な姿を見ると言いだし難いというか…」
「うーん、まあ変なクセ付いたりとかしてもあかんし…、ここは主が一発びしっと言ってあげた方がええかもなあ」
 とそんな事を話していると…。

「たっだいまー! はらへったー…って、みんな揃ってなにやってんだ?」

玄関から威勢のいい声が聞こえてきたもので、その声はさすがにシグナムにも届く訳で。
結果、何時の間にかリインフォースが居ない事や、何故か扉の後ろに主やシャマルと一緒にいる事にも気付く訳で。
普段の自分からはかけ離れた姿を見られていたという事からか、かなり長い時間、硬直していた。と後に守護の獣は語ったという。


「…なぜだ、主はやて達が帰って来たら声を掛けろと、あれだけ言っておいたのに…」
「すまない。一応、声はかけたのだが…。」
「うう…」
「まあまあ、向上心があるのはええ事やと思うで?」
その後、シグナムがいじけたり、それをからかったヴィータに割と本気で斬りかかろうとするといった紆余曲折はあったが、無事に夕飯を終える事ができた。
後片づけとお風呂も済ませ、今はリビングで皆まったりとしている。そんな中、はやてがふと思い出したように言った。
「そうや、みんなに渡さなあかん物があったんやっけ。シャマルー?」
「はいはーい、はやてちゃん、ここに」
そろそろ頃合とみていたのか、シャマルは既に、紙袋を手にリビングに戻ってきていた。
「ん? シャマル、なんだよそれ?」
「ふふっ…はいみんな、はやてちゃんからハッピーバレンタインー♪」
 シャマルが紙袋から取り出したのは、赤、紫、緑、青、銀…、色とりどりに個包装された包み紙だった。
「主はやて、これは…?」
「今日はバレンタインやからね。夜天の主として、うちのかわいい子たちへのプレゼントという訳や」
 そう告げるはやては、いつも以上に楽しそうに、それらの包み紙を手に取っていく。
「それにな、みんな闇の欠片事件の時もよう頑張ってくれたし…、これはその時のお礼も兼ねてるんよ」
 はやてはそう言うと、守護騎士達に包み紙を手渡ししていく。
受取る側である守護騎士達は、シャマルを除いてバレンタインを知らない為になぜ貰えるのかはよく解っていない様子だったが、戦での功績に対する褒美のようなものなのだろうか、と認識したようだった。
「なんか甘くて良いにおいがする…ねえはやて、開けていい?」
「ん、もちろんええよー」
 包みの中からの甘い匂いに反応したヴィータが、さっそく包みを解き始めた。それにつられて、皆もそれぞれ中身を確認する。その中に入っていたものは…。
「おおー、うまそー!」
「これは、なかなかに可愛らしい…」
「でしょ? 味も好評なんだって」
 思い思いの反応をするが、共通するのはそれぞれ皆が喜んでいるということ。
「ふふ、喫茶翠屋の特製チョコレートマカロン!さっき、管理局帰りにシャマルと一緒に買いに行ってきたんや」
 シャマルと顔を見合わせて、にっこりと笑うはやて。自分で選んだもので皆が喜んでくれた事が、彼女にとってはとても嬉しいことだった。


・・・なーはやて、ばれんたいんって何なんだ―?・・・
・・・ああ、バレンタインゆうのはなー…・・・
そうしてみんながお菓子の話題で盛り上がる中、リインフォースはふらりと窓辺の方に歩き出していた。
 ――…?――
 その様子に気付いたシグナムは、他の皆に気付かれない様、思念通話でリインフォースに語りかけた。
『どうした、リインフォース…体調が優れないのか?』
『将…、いや、身体の調子はすこぶる良好だ。ただ…』
 そこで一旦、リインフォースは言葉を選ぶように沈黙した。しかし今の心境に合う適切な言葉が見つからなかったのか、少し躊躇いがちに言葉を続けた。
『私は今まで…少なくとも覚えている中では、主からこのような物を受け取った記憶は、ない』
『…ああ、そうだな』
『今まで、望んでも手に入らなかった幸せが…、主はやてが与えてくださる無償の愛が、今は当たり前の様に私達を包み込んでくれている…。今までの気の遠くなるような永遠の中では、本当に考えられなかった事だ』
『…』
シグナムは、今はただ聞き手側に徹する事にした。彼女の今の考えを、総て聴いてみる為に。
『…私に残された時間は、もうあまり無い…。そんな私が主の為に、いったいどれくらいの事を、遺して差し上げられるのだろうか…。もっと、遺せるものがあるのではないか…。つい、そんな風に考えてしまって、な…』
 リインフォースはそう言うと、自らの手の中にある銀色の包み紙に視線を落とした。

『…そこまで躍起になる必要は、ないんじゃないか』
『え…?』
 シグナムはリインフォースの考えを聴いて、そう答えた。
『主はやては聡明なお方だ。私やお前が思っている以上の事を、突然やってのけられる…。それは、よく共に魔法の練習をしているお前が、一番理解しているだろう?』
『…、』
『きっと、お前が教えた事を自分なりに考えて、応用を利かせているのだろう。…そういった自主性に任せた教え方は、なかなか出来るものでもない』
 ――確かに、主は闇の欠片事件の時にも予想だにしない裏技を使って、共に闘ってくれた。あの時ほど、主はやての行動力に驚かされたことはなかったかもしれない――
『だから、だ。きっと主はやては、様々な事をお前から学び取られている筈だ。…それこそ、お前がただ傍にいる。それだけの事からでも、な』

――ああ、そうか――。

そのシグナムの言葉で、リインフォースはなにか答えを得られたようだった。シグナムの瞳を真っ直ぐに見るその顔には、どこかすっきりとしたような清々しさが感じられる。
『ありがとう、将…。何だか、胸のつかえが取れたようだ』
『なに、気にするな。…それこそ、お互いさまだからな』


「あれー、どないしたん二人とも?」
 そうしていると、ソファに座ってヴィータと話していたはやてに声をかけられた。
少し重い空気を醸し出してしまっていたのか、少し不安そうな顔で二人を眺めている。
「もしかして、あんまり好きやなかったか…?」
なんとなく心配そうに、そう聞いてくるものだから。
「いえ、そのようなことは…ただ、可愛らしい形で食べるのが勿体ない、と話していたのです」
と、そんな風になんとか取り繕い。
「あはは、なんやそうかー。でも食べてあげな、お菓子も翠屋さんも可哀想やで?」
 そんななんてことのない会話を重ねて。
『…将』
『…? なんだ?』
『こんなにも沢山の楽しい事、嬉しい事を与えてくださる主に出逢えて、私は本当に良かった…』
『…ああ、私もだ』
 そんな日々の幸せを、今はただ教えて教われて生きたい。そう願った。




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