雨の降る日に
六月 私立聖祥大付属中学校・教室
「フェイトちゃーん、一緒に帰ろうっ♪」
「あ、なのは。うん、今プリントの整理してるから、もうちょっと待ってね」
下校前のHRが終わって、みんなが帰る準備をし始めている教室。フェイト・T・ハラオウンが鞄の中にプリントを押し込めていると、先に帰り仕度を終えたなのはが、弾むような足どりでフェイトのところにやってきた。
「今日は珍しいね。いつもなら、私が迎えに行くのに」
なのはとフェイトはクラスが違う為、HRが終わる時間も多少変わってくる。普段ならフェイトの方が早く済む事が多いので、いつの間にかフェイトがなのはを迎えに行く、という構図がデフォルトになっていた。
「にゃはは、今日はたまたまだよ?」
そう言うなのはは、にこにこと笑みを絶やさずにフェイトの机の前にしゃがみ、両手で頬杖をついた。そして少し小さな声で…。
「それにね…たまにはなのはが、フェイトちゃんを迎えに行きたかったの」
そう言うと、少し照れたように微笑んだ。フェイトはなのはのそんな表情に、思わず見惚れてしまう。
なにも言い返さずにただ、じっ…と見つめてくるフェイトに気恥ずかしさを感じたのか、なのはは思い出したように話を切り出した。
「そうだ、下駄箱の前でアリサちゃんとすずかちゃんが待ってるんだった! 早く行かなきゃ、アリサちゃんに怒られちゃうよ!」
ほら早く行こう? そう言いながら急に立ち上がり、フェイトの背中を押しながら走り出そうとする。唐突にそんな事をされながらもフェイトは、なのはにそくされるままに下駄箱のある入口まで、パタパタと走り出していた。
同施設・下駄箱前
「ったくもう、遅いわよ二人とも!」
なのはとフェイトが下駄箱の前に着くや否や、腕を組み、開口一番そう叫んでいるアリサが二人を出向かていた。
「どーせまた二人でベタベタべたべたしてたんでしょ? まったく、待たされる方の身にもなれってのよ!」
「まあまあアリサちゃん…、落ち着いて、ね?」
勢いよくまくし立てるアリサを、慣れた様子でなだめるすずか。この光景もよく見慣れたもので、一日の間に見ない事の方が珍しいかもしれない。
「えへへ、ごめんねアリサちゃん、すずかちゃん」
「私がプリントの整理に時間を取っちゃって、それで遅れたんだ…ごめん、二人とも」
「ん…まあ、いいわよ別に」
「うん、大丈夫だよ? 気にしてないから」
二人が遅れて、その事をみんなが弄る。
これに、はやての『おーおーお二人さん、今日もお熱いなー』といった様なからかいが入れば完璧にいつも通りなのだが、今日はその姿が見当たらない。なんでも特別捜査官としての緊急任務が入ったらしく、残念ながら学校をお休みしていたのだった。
「…あれ? もしかして、雨が降り出してる?」
ふと、フェイトが外の様子に気付き、空模様を確認する。鉛色の雲が広がる空はまだ本降りにはなっていないが、小振りの水滴がぽつりぽつりと落ち始めていた。
「ああ、もう梅雨の時期だもんね」
「雨の中の登下校って、結構面倒なのよねー」
「そうそう、髪も湿気を吸っちゃって整えるのが大変だし…」
降り出した空を見上げて、みんながそれぞれの感想を洩らす。そんな中、なのはは少し困ったように、どうしよう…と呟いていた。その様子に気付いたフェイトが、少し心配そうに問いかける。
「…? なのは、どうしたの?」
「あ、えっと…。実は今日、傘を忘れちゃって…」
「ええっ、こんな時期に?」
なのはの発言に、アリサが思わず言葉を返した。そう言われたなのはは、少し必死になって弁明する。
「だ、だって昨日は遅くまで管理局のお仕事があったから天気予報なんて見れなかったし、今朝は少し遅刻しそうになったから傘にまで気が回らなかったし…」
そんな事を話しているうちに、湿気を帯びた空気はどんどん濃度を増し、雨脚は徐々に強くなっていく一方だった。すると…。
「なのは、一緒に入ろう?」
フェイトは自分の傘を、なのはに被せるように差しながらそう言った。
「え…? でもそれじゃあ、フェイトちゃんが濡れちゃうよ…」
「いいんだ。なのはが困ってるの、放っておけないから…」
「フェイトちゃん…」
どうみてもカップルとしか思えないやりとりをしながら、見つめ合っているなのはとフェイト。そんな二人を、まるで蚊帳の外から見ている様な心境で、アリサは呟いていた。
「…フェイト、色んな意味を解っててやってんのかしら…?」
「多分、解ってないと思うよ? そういうのを気にしないくらいに、なのはちゃんを大切に思ってるんだよ…」
なんだか素敵だよね…。と妙にキラキラした眼差しでその光景を見つめているすずか。気付けばその手は、アリサの制服の端をきゅっと握っていた。
「はぁ…。もういいから、さっさと帰るわよ…収集つかなくなるから」
もう何からつっ込んでいいのか判らなくなったアリサは、溜息混じりにそう言い放つ。
さて、どうやってこのバカップルの目を覚まさせようか…。そう考えながら、とりあえずフェイトの方を小突いてみようかと、フェイトの頬をつねり倒す為にその手を伸ばしたのだった。
通学路・下校中
その後、放っておけばいつまでも見つめ合っていそうな二人をなんとか正気に戻し、四人は下校の途に就いていた。
今日学校であったこと、流行りのお店のこと、昨日見た雑誌に書いてあった占いのこと…、色んなことを、帰りながら話した。みんなで、なんてことのない話で、笑いあう。それは、とても当たり前な光景で…。
「じゃあねー、なのはー、フェイトー」
「ばいばい、また明日―」
「ばいばーい」
「うん、またね。アリサ、すずか」
そんな当たり前なひと時も終わり、それぞれの家へ通じる道を辿る。ただ、なのはとフェイトの場合は、お互いの家がすぐ近所にあるという事もあり、よく一緒に登下校していた。
なのはと話しながら歩いていたフェイトの胸ポケットから、軽快な電子音のメロディが流れる。――誰からだろう?――とフェイトが携帯を確認すると、はやてからのメールが届いていた。そのメールには今日起きた事件の事や、執務官として手が空いていたら事後処理の協力をしてほしい、といった事が書かれていた。
「はやて、今日は朝から忙しかったみたいだね」
「うん、ロストロギア絡みの事件だったみたいだし…」
「私も、明日ははやてのお手伝いがあるし、朝から本局の方に行かないといけないかな」
「そっか…」
そう話しながら歩いていると、ふと、なのはがその足を止める。身長差の関係からフェイトが傘を持って歩き、そのすぐ前をなのはが歩いていた。その為、フェイトも同じように歩みを止めざるを得ない。
「なのは?」
フェイトは、急に立ち止まったなのはが俯いている事に気付き、どうしたのかと声をかけた。
「…ねえフェイトちゃん。あとどれくらい、みんなで一緒にいられる時間があるのかな?」
「…?」
暫く沈黙が続いた後、なのははぽつりとそう呟いた。
「最近、わたしもフェイトちゃんも忙しくなってきたし、はやてちゃんも今日は任務があったでしょ? だから、前ほどみんなが気軽に集まれなくなったなあって思って」
そう話す声は決して暗いトーンではなく、いつもの元気ななのはの声そのものだ。
「もちろんそれは仕方のない事だし、必要な事なんだっていうのは、わかってるよ」
だけど、その声はどこか無理をしている様な、そんな気がして。
「でも…わたし、やっぱり淋しいな…って、心のどこかで思っちゃって…」
そう言い終えると、なのははくるりと、フェイトの方に向き直る。その顔は、フェイトが想像していた通りの表情を浮かべていた。
「…っごめんねフェイトちゃん、なんだかしんみりさせるような話しをしちゃって。今のは…んっ」
フェイトを見上げたその顔は、確かに微笑んでいたけれど。その蒼く澄んだ瞳は、どこか哀しそうな色を湛えていて。その曖昧なバランスはいつか、軋む音を立てながら崩れてしまうに違いない。
フェイトは、向き直ったなのはの言葉を遮るように、自身の唇をその唇に重ねていた。
どれくらいの間、そうしていたのだろうか。雨の中、誰も通らない道の端で、なのはとフェイトは傘を盾にしながら長い口づけを交わしていた。
やがてフェイトは唇を離し、優しい声でなのはに語りかける。
「そんな辛そうな表情をしながら、そんな事を言わないで…なのは」
「…フェイトちゃん…」
「私達なら大丈夫。どれだけ会えない日々が続いても、再開した時にはきっと、今までと変わらない私達に会える筈だから」
「うん…」
「それに…私は、何があってもきっと、なのはの傍にいる。なのはが淋しくならないように、私が必ず守るから…」
「うん、うん…」
「だからね、なのは。悲しくなったら泣いていいから…。お願い、無理はしないで。ね?」
「ふぇいと、ちゃ…」
そう言われたなのはは、フェイトの胸に顔をうずめて、堰を切ったように泣き出した。自分の中でぐるぐると廻る不安を、総て外に出しきってしまうように。
雨はまだ降り続いている。フェイトはただ、自分の胸の中で泣きじゃくっている少女が雨でこごえない様に、泣き止むまで優しくしっかりと、抱きしめていた。
あふたー
「なのは…良かったら今日、家に寄っていかないかな?」
「…?」
暫く泣いて落ち着いたなのはに、フェイトはそう話を切りだした。
「えっとほら、ここのところ忙しくてお互いの家に遊びに行く事もあんまりなかったし、まだ色々と話したい事もあるし…。それにほら、雨で濡れちゃってるから早くお風呂とかで温まった方が良いだろうしそれに…」
などと、色々理由を付けて誘うことに必死になっている。そんなあたふたとしたフェイトを見ていたなのはは、先ほどまでとのギャップに思わす笑い出してしまった。
「あはは…フェイトちゃん、理由がバラバラすぎてよく解らなくなってるよ」
「あ…あうう…」
なのはにそうつっ込まれて、気恥ずかしさから言葉が出なくなってしまう。
――どうしていつも、こうなっちゃうんだろう?――
フェイトがそう思っていると、不意になのはがポフン、とフェイトの肩に寄り添ってきた。
「わっ、な、なのは?」
「…ありがとうね、フェイトちゃん。色々と気遣ってくれて…」
「…ううん、当然だよ」
そんな風にじゃれてくるなのはの頭を、フェイトは愛おしそうに撫でていた。なのははフェイトの肩に自身の頬を擦り寄せ、心地よさそうに瞳を閉じている。
「…うん、じゃあ今日はフェイトちゃん家にお邪魔しちゃおうかなっ」
なのははそう言うと、フェイトの腕に自分の腕を通して抱きついた。
「なっなのはっ…、その…、腕に、胸が…」
「? なーに、フェイトちゃん?」
「い、いえ…なんでも、ないです…」
腕に伝わる感触とか、この恥ずかしいけど幸せな体勢とか。色んな要素で頭から煙が出そうになりながらも、フェイトはなんとか理性を保っていた。しかし…。
「ねえ、フェイトちゃん」
「な、なに、なのは?」
「今日は…甘えても、良いかな?」
なのはは、上目遣いにそんな事を聞いてくる。
――あ、もうだめかも――
自分の中の理性が焼き切れる前に、無事に家に帰れますように。その願いだけが、今のフェイトの思考を、かなりの割合で埋め尽くしていた。
あとがき的ななにか。
きっとこの日のハラオウン家はみんな働きに出てて家には誰もいなかったんです
アルフは承知の事実で空気を読みました
執務官は夜遅くまでなのはさんといちゃついて次の日遅刻してはやてさんに怒られるといいよ
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