Natural Stone




 アスファルトから蜃気楼の様な、ゆらゆらとした熱気があがる。
木陰から聞こえる、耳に刺さる様なセミの鳴き声が街中を包み込む。
 そんな8月の、気だるくなる様な暑さ。それから逃れるように入ったカフェから外を眺めると、汗を拭いながら街を行き交う人々の姿が目に映った。
 その光景を眺めながらアイスココアを飲んでいた高町なのはは『そういえば、日焼け止めを塗ってくるのを忘れてたな』と、ぼんやりそんなことを考えていた。

「おまたせ、なのは」

 そうしていると、先ほどまで化粧室にいたフェイトが小さなポシェットを片手にいそいそと戻ってくる。
唇にうっすらと引かれたナチュラルカラーのルージュは彼女の人柄を示すようで、とてもよく似合っている…その口元を見ながらなのははそう思った。



今日は日曜日で中学校はお休み、しかも管理局のお仕事も入っていない。
そんな完全にオフの日という好条件が二人とも重なったため、久しぶりに二人きりで街へ出掛けることにした。
そして今は昼過ぎ。とあるカフェで冷たい飲み物を飲みながら、二人はのんびりと過ごしている。

「これからどこに行こうか?」

「そうだねー、特に決めてなかったから…。そうだ、前に観たいって話してた映画、もうやってるんじゃなかったっけ?」

なのはにそう言われ、以前に学校でその話題で盛り上がったことをフェイトは思い出していた。
携帯を取り出し、近くのアーケード街にある映画館の情報をチェックしてみる。どうやらそれによると、今から一時間後ぐらいに上映されるようだった。

「なのは、ちょうど近くの映画館でやってるみたいだよ。行ってみようか?」

「うん、行こう行こう! …ふふっ、なんだかデートっぽくなってきたね」

「で、デート…っ」

 ただ、なのはといっしょにいられる。それは最近のフェイトにとってはやっと当たり前に感じられるようになってきたことで、ただそれだけで満足できることでもあった。
それなのに、なのはの口からそんな単語を聴かされた日には、頭の中の色々なものが一気に振りきれそうになってしまう。

「? フェイトちゃん? ふぇいとちゃーん」

 突然動きが止まったフェイトに気付いたなのはは、フェイトに届くように何度も声をかける。

「へ!? あ、ああ、ごめん。なにかな、なのは」

「えっと、映画のチケット買いに行かないのかなあと思って。先に席を取っといた方がいいんじゃないかな?」

 果たして本人に自覚があるのかないのか。なのはは、なぜフェイトが急に挙動不審になったのかまったく気づいていない素振りでそんな提案をしていた。

「う、うん。そうだね…」

 対してフェイトは動揺を隠し切れていないようで、まだ少し声がうわずっている。
そんな調子のまま、フェイトはじゃあ行こうかとなのはに告げると、カフェオレが入っていたセイレーン印の容器を片手に席を立っていた。



刺さるような日の光が降り注ぐ空の下をしばらく歩き、目的の映画館がある商店街に辿り着く。
あまりの暑さに皆どこかの店の中に避難しているのか、休日ながらも商店街の中は疎らな人通りだ。

「ふう…、なんとか席が取れてよかったねー」

「うん。でも、もう少し遅かったら危なかったかも…」

少し端寄りの席になったが、それでも予定通りの時間のチケットを買えて一安心する二人。だが、上映までにはまだ40分以上は時間がある。
どこで時間を潰そうか…。そう話しながら商店街をぶらぶらしていると、なのはの目にふと留まったお店があった。

「ねえフェイトちゃん、あのお店に入ってみよっか?」

「うん? あれって…。ぱわーすとーん…? のお店?」

 なのはが指差した場所は、天然石のアクセサリーやビーズを取り扱うお店だった。
店の前には、水晶やジェダイトといった色とりどりの鉱石が並べられていて、それぞれが美しい光を反射させている。

「きれい…。うん、寄ってみよう、なのは」

「うん!」



 そのお店に一歩足を踏み入れると、そこは様々な色彩が溢れかえっているところだった。
 棚に置かれた小瓶には球やさざれの天然石が詰められ、壁にはそれらを組み合わせて編まれたブレスレットやネックレスが掛けられている。
それらはそれぞれが異なる輝きを見せていて、不思議な光を放っていた。

「わあ…」

「ほんとに綺麗…」

 フェイトとなのはは思い思いの感想を洩らしながら、店内の光をほうっ、と眺めている。そんな中、ある一つの小瓶がフェイトの目に留まった。

「あ…、ねえなのは、これ見て」

「? どうしたのフェイトちゃん…わあ、これ可愛いかも」

 それにはローズクォーツで作られた、小さな羽根の形をしたビーズがたくさん詰められていた。
その淡い透明なピンク色はどこまでも柔らかい色彩を放っていて、見ているだけで優しい気持ちになれるような、そんな気がした。

「えっと、この石の宝石言葉は…。『慈愛、母性、優しさの象徴。女性的な愛情を示すと言われています』…だって」

 小瓶に貼られた説明文に書かれた文字を読み上げるなのは。それを聴いたフェイトはふと、


「なんだか、なのはみたいな石だね…」


 だれに聞かせるわけでもなく、思わずそう、呟いていた。



「え、フェイトちゃん?」

「あ、ええと…」

 素直に呟いた言葉を聴かれたフェイトは、少し恥ずかしそうにうつむく。それでも、口からこぼれ出すように言葉は止められない。

「いや、あのね…。綺麗なピンク色もなのはの魔力光そっくりだし、その羽根の形もなんとなく、なのはのイメージに合ってるというか…」

 心に思った事を、素直に言葉にして紡ぐ。自分の想いを、真っ直ぐに伝える。
それはフェイトが、なのはから教わった一番のことなのかもしれない。

「それになによりも、宝石言葉の内容がなのはにぴったりだなって思うんだ」

「フェイトちゃん…。でもわたし、まだ母性とか、よく解らないかも…」

「ううん。なのはならきっと…いや、絶対いいお母さんになれると思うんだ」

 少し戸惑いがちに答えるなのはに対し、妙に力説するフェイト。しかしふと我に返ったのか、急に恥ずかしそうに声を弱めている。

「と…とにかく、なのはにはすごく似合ってると思うよ?…そうだ、このビーズを使ってアクセサリー作ってもらおうよ」

 ほら、アクセサリー制作承りますって書いてあるし。
そう照れを隠すように提案するフェイトに、なのはは嬉しそうに応えた。

「じゃあじゃあ、わたしとフェイトちゃん、お互いに作ってもらおう! ほら、この色のビーズならおそろいの色違いだよ?」

 そう言ってなのはが取り上げた小瓶には、黄水晶で作られた羽根のビーズが入っていた。

「宝石言葉は『強さと思いやり』…。フェイトちゃんにぴったりだと思うよ♪」

 なのははそう言うと、にゃははと屈託のない笑顔でフェイトに笑いかける。その笑顔が、フェイトにはたまらないくらいに愛おしくて。

「そうだね…、うん、そうしよう」

 抱き締めたかったけれど、他にも人がいる場所でそんな事はできなくて。
フェイトはただ平静さを装いながら、なのはの提案を受け入れたのだった。



 〜ありがとうございました〜



 店員さんの爽やかな挨拶に見送られ、なのはとフェイトは店を後にした。
それぞれの腕には、先ほどお互いに選び合ったビーズで作られたアクセサリーが飾られている。

「そういえばなのは、さっきの石とはまた別に蒼い石を選んでたよね。あれって…?」

 そう言うフェイトと、なのはの腕のアクセサリーには確かに、澄んだ蒼に雲の様な白い色が混ざった綺麗な石が付いている。

「ああ、これはね。偶然見つけたんだけれど…」

 そう言うなのはの頬は、ほんの少しだけ朱に染まっている。そして…、

「アクアマリンっていう石で、『和合、幸福な結婚』の象徴…なんだって」

 え? なのは、いま、なんて…?

 フェイトがそう聞き返そうとする前に、なのはが先に言葉を続けた。

「フェイトちゃん、さっきわたしがいいお母さんになれる、って言ってくれたよね? …だから、責任とってもらおうかなー…って」

 そういたずらっぽく言いながらも、なのはの顔はかなり真っ赤になっている。

対するフェイトも言葉が見付からないようで、さっきからあーとかうーとか、言葉にならないものが口から流れ出していた。それでも、

「ええっと…。全力でなのはを幸せにする…よ?」

 なんとか言葉を紡ぎ出したが、そう言うのが精一杯なようだった。



 気付けば、そろそろ映画が始まる時間がせまっていた。二人はどちらともなく手を握り合い、商店街の中を駆け出していく。

その繋いだ腕には、それぞれが選び合った石の羽根とアクアマリンが夏の日差しを浴びて、きらきらと光り輝いていた。





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